福祉国家の分岐

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福祉国家の危機への三つの対応 †

  • 社会経済の変化に対して,先進社会の福祉国家は主に三つの相互に異なるルートをたどって適応しようとしてきた。北欧は,最近までは,福祉国家の雇用拡大政策を採ってきた。アングロサクソン諸国では,賃金と労働市場の規制緩和を追求し,福祉国家がある程度まで衰退している。一方,ドイツ,フランス,イタリアなどの大陸ヨーロッパ諸国は,労働供給を削減することで社会保障の水準を維持してきた。しかし,それぞれの対応は,依然として大きな問題を残したままである。

北欧の対応 †

 スカンジナビア諸国が,ドイツと異なっているのは,1970年代から80年代にかけて,従来の社会民主主義政策から,積極的労働市場政策や社会サービスの拡大やジェンダー平等化に大きく政策を転換した点にある。女性を公共サービス部門に大量に雇用することで,女性の経済的地位の上昇に貢献した点で,これらの政策はある程度成功したといえる。
 しかし他方では,これらの政策転換は,女性は公共サービス部門のパートタイム労働に集中する一方,男性は民間部門で雇用されるという,きわめて顕著なジェンダー分化を生んだ。
 このパターンは問題を抱えている。高度な技術が要求されない公共サービス部門において,技能の低い女性労働者に比較的高い賃金が支払われている。高齢者の在宅ケアなどを含むこれらのサービスは,明らかに福祉国家の重要な機能を果たしているものの,この部門の雇用を維持するために,税負担はますます重くなる。そして,民間部門の生産性や投資が落ち込むと,深刻なコスト問題が発生してしまう。そのためスウェーデンでは,労働組合が賃金の柔軟化と社会保障のカットに同意するようになった。

 最も注目されるのは,スウェーデンの政策転換において,家族やライフサイクルの変化が考慮され,若者をも福祉の対象にしようとしている点である。しかし,このような普遍的平等主義の追求は,社会の構成員すべてから歓迎されているわけではない。社会的に優位なエリートたちは福祉国家から撤退し,民間の年金やサービスに切り換えている。また,より深刻な問題は,公共部門の雇用が既に限界に達し,完全雇用をもはや維持できなくなっていることである。福祉国家を解体せずに,どのように新しい制度を作っていくのかが現在の北欧諸国の課題である。

アメリカ・イギリスの対応 †

 アメリカ合衆国やイギリスを初めとするアングロサクソン諸国は,賃金と労働市場を柔軟化することによって経済の低迷と失業問題の克服を試みた。各種の社会支出を削減し,低賃金を容認したのである。アメリカでは,最低賃金が平均所得の38%にまで低められた。1970年代には70%だった失業保険も1989年には24%まで削減された。ひとことでいえば,年金を除いて,従来から貧弱であったアメリカの社会的セーフティネットは,さらに弱体化した。

 アメリカ・モデルは,公的セーフティネットよりも市場が重要だという考え方を前提にしている。このネオ・リベラルな対応の問題点は,不平等と貧困を増大させた点にある。1980年代に最下位10分の1グループの所得は中位者の所得に比べて,アメリカで11%,イギリスで14%,カナダで9%,オーストラリアで5%減少している。大陸ヨーロッパ諸国における所得格差に顕著な拡大がみられなかったのと対照的である。この背景には,賃金の規制緩和が作用している。これらの国々における「低賃金」現象は特に,労組に加入していない非熟練労働者と,新規に労働市場に参入する若者に集中している。
 その反面,1980年代に雇用は拡大し,他のOECD諸国と比較して2〜3倍の伸びを記録したのも事実である。ただ,たしかに雇用は増大したが,それらは低賃金のサービス部門の仕事であり,とりあえず仕事に就きたい若者,女性,移民を主な対象としている。一度この部門に参入した労働者はステップアップできない場合が多く,働いても豊かになれない「ワーキングプア」層の出現を食い止めるための,積極的な社会投資政策が必要とされている。

ドイツ・フランス・イタリアの対応 †

 ヨーロッパでは,「雇用なき成長(jobless growth)」のパタンが定着している。1960年代には,北欧,アメリカ合衆国,EEC諸国の雇用水準に大きな違いはみられなかった(平均で65%程度)。しかしその後,雇用比率はアメリカで男性は76%女性は60%まで伸び,スウェーデンでは男性は83%女性は76%まで伸びたのと対照的に,EEC平均は57%に落ち込んでいる。

 脱工業化、産業空洞化によってもたらされた非熟練労働者の余剰問題を,北欧では職業訓練と雇用創出によって,そしてアメリカでは低賃金によって切り抜けたが,大陸ヨーロッパにおいては早期退職に大幅な補助金をつけることによって対処しようとした。この政策は,高賃金・各種社会保障・安定的雇用を享受する少数の男性労働者からなるインサイダーと,その他多くの人々からなるアウトサイダーの分裂を引き起こした。
 この背景には,大陸ヨーロッパ各国において,社会保障(とりわけ年金システム)が高度に発達している一方で,社会サービスが依然として未発達であることが作用している。社会保障の受給資格は雇用実績にもとづいているため,良く中断のない職歴が必要となる。このことは,フルタイムで働く夫に家族全員が依存し,妻は家庭で老人や子供のケアをするという前提のうえに成り立っている。税制は働く妻に不利であり,福祉国家は家族に対する社会的サービスに関してきわめて遅れている。
 これは,高い労働コスト,雇用の非柔軟性,若者の長期失業問題とつながっている。早期退職は生産性の上昇をもたらさずに,関連コストによって相殺されてしまう。社会保障費は赤字になる。経営者は,労働者の新規雇用よりも労働時間を調節しようとする。パートタイム労働者の採用は高くつくようになり,女性の雇用機会は滅少する。自営業や地下経済が増大するが,これらの部門では税金は支払われず,よって福祉国家の支えにはならない。
 ヨーロッパでは現在,左派が北欧のように社会サービスを拡大すべきだと主張する一方で,キリスト教民主勢力を中心とした保守派は家族やボランティアによる「福祉社会」の強化という観点から主婦サラリーの導入を提唱している。しかし社会保障システムの財政難を考慮すれば,いずれの構想も有効性に欠ける。

 むしろ,エスピング=アンデルセンが指摘するように,現在の硬直性を打開するためには,伝統的家族主義を見直し,女性労働の需要と供給を拡大することがより重要であろう。

職域的な社会保険を中心とした福祉国家で、労働力の流動性を欠くと同時に、経営者にとっては労働コストが高くつく。したがって、早期退職の奨励などによって労働コストを下げる労働削減ルートが選択される。しかし、こうした方向性は、労働人口が縮小し、扶養される従属人口を養うコストが高くなるという点で、グローバル化のなかで有利とは言い難い。






2008-05-02 (金) 17:29:13 (3491d)