保守党

「保守党」についてのメモ。保守党とは…
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Conservative Party

保守党 †

  1. 保守主義の立場をとる政党。
  2. イギリスの政党。労働党と並ぶ二大政党の一。トーリー党から発展。当初は貴族・地主の、現在は産業資本の利益を代表する。

二大政党の一つ。王政復古期におけるトーリー党に起源をもつ。1832年の選挙法改正に対して,トーリー党はかたくなな態度をとった。党指導者R.ピールは,もはや自由主義的改革が避けがたい時代の潮流であることを悟り,党名を「保守党」と改めて,党のイメージ・チェンジをはかった。しかし彼はその後自由主義に傾きすぎて,穀物法廃止に賛成するにいたり,このため党内の地主勢力の反撥を買い,ついにピール派を率いて脱党した。その後,B.ディズレーリが弱体化した保守党再建の任を負い,彼は党の立つべき原理原則は,憲法の擁護,労働者の生活向上,帝国の維持にあるとした。また自由党にさきがけて,労働者階級への選挙権付与を断行するとともに,党の近代的組織化にも着手した。この結果保守党はみごとに再建されるにいたった。95年J.チェンバレンが自由統一党Liberal Unionistsを率いて保守党に合流し,党勢を拡大した。なおこのとき以来保守党は正式にはConservative and Unionist Party(保守統一党)と呼ばれるようになった。その後チェンバレンは,急進的な帝国主義政策を主張してR.ソールズベリーと対立,このため1906年の総選挙において敗北を喫するにいたった。しかし24年以降第2次世界大戦までは,自由党の没落や労働党の未成熟に助けられて,S.ボールドウィンの指導のもとにほとんどの期間政権を握り続けた。戦後の45年7月の総選挙に保守党は労働党に大敗したが,51年10月,政権を奪回した。以後,W.チャーチル,R.イーデン,H.マクミラン,A. F.ヒュームと4代13年の政権を維持した。しかし,60年代に入り,絶え間ないポンド危機,長期政権による国民の倦怠,EC加盟交渉の不首尾,プロフューモ事件などによって64年10月の総選挙にH.ウィルソンの労働党に敗北。その後70年6月の総選挙ではヒューム政権を復活させることをえ,ECに加盟するなど一定の成果をあげたが,国内経済運営にみるべきものが少く,74年2月再び労働党に敗北した。翌75年2月2度目の党首選挙を行い,初めて婦人党首M.サッチャーを選び,私企業育成,減税,景気拡大などを掲げ政権交代を迫っていたが,ついに79年4月労働党内閣を信任投票で破ることに成功した。これを受けて同5月4日実施された総選挙で334対267議席で過半数(318)をこえる第1党となり,イギリス史上初の婦人首相による内閣を組織するにいたった






2007-03-10 (土) 21:48:34 (4480d)