法の支配

「法の支配」についてのメモ。法の支配とは…
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rule of law

法の支配 †

  • 16〜17世紀にイギリスで発展。
  • イギリスは立憲主義の伝統を持ちながら、成文憲法を備えておらず、不文憲法の国。それは歴史的経緯による。
  • 11〜12世紀頃のイギリス
    • 地方ごとにその地固有のゲルマン慣習法によって裁判が行われていた。これか次第に統一されて、「王国の一般慣習法」に発展(コモン・ロー common law)
  • コモンーローが成立すると、従来の人為的に変更できない永久不変の慣習法という考え方を受け継いで、コモン・ローの優位という原則が発展。このコモン・ローの優位という伝統のもと、17世紀中頃にイギリスの裁判官エドワード=コークによって「法の支配」の原理が確立。
  • その萌芽は、「国王は何人の下にもない。しかし神と法との下にある」という13世紀のブラクトンの言葉にうかがえる。こうして「法の支配」、コモン・ローの優位が認められるようになった。

名誉革命の後、「権利の宣言」「権利の章典」(1689年)を通じて、王権は神によって与えられたのではなく、議会によって与えられたものである、という議会主権の原理の確立。

  • 「権利の章典」1条
    • 「国王は、王権により国会の承認なしに、法律の効力を停止し、または法律の執行を停止しうる権限があると称しているが、そのようなことは違法である」

議会主権の原理の確立によって、裁判所は、コモン・ローのみならず、議会の制定した法律にも従わなければならなくなった。

 こうして「法の支配」は、コモン・ローの優位という意味から、議会制定法も含めたすべての国法の優位という近代的な「法の支配」に変容。「法の支配」が、イギリスの法体系を規定する基本的原則となった。

「法の支配」は、国王と行政部の恣意的な権力や行政裁量権の行使を抑制しようというもので、一般に統治者の恣意的な権力の行使に対して、法による行政や裁判を通じて被治者の権利や自由を侵すことのないように、これを防ぐ制度として市民・被治者の立場に立って主張された理論。

19世紀のイギリスの憲法学者A・V・ダイシーなどによって近代的な憲法理論の中心概念として定式化。政府による専断的、恣意的な権力と、広い裁量権の行使が否定され、法の優位が説かれた。以後、「法の支配」は英米法全体の中核を占める基本原則となった。

裁判官コークのコモン・ロー優位の主張は、イギリスよりむしろ独立前後のアメリカに大きな影響を与えた。後に司法権の優位という現象を生み出し、さらにマーベリー対マディソン事件の判決(1803年)の中で、違憲立法審査権として確立。






2007-03-10 (土) 21:48:40 (4212d)