豊かさ

「豊かさ」についてのメモ。豊かさとは…
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日本の近代思想

豊かさ †

  • 『経済白書』が日本を「先進国」と規定したのは1980年版「先進国日本の試練と課題」において。このころから、豊かさの当事者になって、豊かさが問いの対象となり始めた。
  • 人類学者・鶴見良行は『バナナと日本人』(岩波新書,1982年)において、飽食日本の基礎構造を衝いた。
    • バナナは高度成長とともに消費量=輸入量が急増した。1970年代になるとフィリピン産のバナナが他地域産を圧倒する。
    • 「私たち日本人は、八百屋やスーパーの店頭のバナナを見て、熱帯の作物が生産を伸ばし輸出されるようになったと考えがち」であるが、実際は「大資本が利潤めあてに行ったものである」。
    • アメリカ系3社+日本一社の多国籍企業が、日本市場の成長性を目につけて、フィリピンの農地をバナナ農園に変えた。結果として、借金で縛られていった契約農家、バナナ以外の作物を作る文化を奪われてしまった農民、散布される農薬をかぶることになった労働者、「市場のリズムが生物のリズム」にとって変わったバナナ、という光景が広がる。しかもバナナ単色経済ができあがたとき、豊かになった日本人は、バナナを食べなくなってしまった。
    • 鶴見は「つましく生きようとする日本の市民が、食物を作っている人びとの苦しみに対して多少とも思いをはせるのが、消費者としてのまっとうなあり方では有るまいか」と述べる。そのことによって、両者の「断絶を利用している経済の仕組み」を破り、「両国の市民が平等に手をつなぐきっかけ」とすべきであるとする。
  • 生活経済学の暉峻淑子(てるおか・いつこ)は、『豊かさとは何か』(岩波新書,1989年)において、ヨーロッパとりわけ西ドイツを鏡に、日本の豊かさを問うた。
    • 日本は豊かで治安がよいといいながら、「安心」感がない。社会のそういうメカニズムに巻き込まれ、子供たちをせかせては、「早く」「しっかりして」ばかり言ってきた自分を顧みながら、日本人が「強迫神経症のように、はてしない飢餓感に追われ」ていることを指摘。
    • さらに、「砂上の楼閣のようなもろさに支えられたぜいたくが崩れ去る予感を、多くの日本人が、心中ひそかにかんじているのではないか」と。
  • 社会学者・見田宗介は『現代社会の理論』(1996年)において、豊かさの持つ問題性を、世界システム論として展開した。
    • 日本の成功を、「軍需に依存せず、『幸福』を提供することによる繁栄という形式を、この時代の資本制システムが見出した」事例として捉えたうえで、次のように言う。「現代の情報化/消費化社会へのどんな批判も、この社会の固有の『楽しさ』と『魅力性』という経験の現象と、それがこのシステムの存立の機制自体の不可欠の契機であることをおさえてくのでなければ、このわれわれの社会の形式のリアリティの核のところを、外した認識となるほかはない」
    • しかし「幸福の環としてのシステム」は、二つの外部=臨界面を作り出したと指摘する。
    •  峇超」、「公害」、「資源」、「エネルギー」問題として語られる問題系
      • 「大量生産/大量消費」のシステムとふつう語られているものは、「大量伐採/大量生産/大量消費/大量廃棄」のシステムとして見なおさなければならないと警告。
    • ◆崙酲漫很簑蝓◆崑荵粟こΑ很簑蠅箸いι堙切な呼び名によってしか未だその全体を語られていない問題系
      • 「貨幣を媒介としてしか生きられないシステムの内に編入され」たことが、第三世界の「貧困」を生んだと分析した。





2007-03-10 (土) 21:48:43 (4734d)