幕藩体制

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幕藩体制 †

  • 江戸時代、幕府とその支配下にありながら独立の領地をもつ諸藩とを統治機関とする封建的支配体制。
  • 将軍を頂点とする中央集権体制。領国と兵農分離のもとで、幕府・諸藩が領主として、本百姓から米を主とする現物年貢を直接収奪する社会関係を基本とする。

幕藩体制 †

  • 関ヶ原の戦いの勝利後、1603年に江戸で幕府を開いた徳川家康は、それまでの織豊政権の脆弱な政権機構を改め、政治・経済・軍事的基盤を整備した統治機構を確立。

全国の約四分の一を直轄他の天領(代官の支配する御領、旗本の支配地から構成)とし、佐渡、石見などの直轄鉱山からの金・銀・銅で独占的・統一的な貨幣鋳造を行い、御用金、運上金を課し、確固とした経済基盤を確立した。そのうえに立脚した直轄兵力の旗本、御家人を統括したことで、諸大名に対する軍事的優越も確立。

幕府の支配機構は、「庄屋仕立て」ともいわれ、家族の三河時代以来の家政機関をベースとする制度で4代・徳川家綱以降、確立した。

常設の最高執政機関は、老中。
老中を補佐し旗本・御家人を統轄する若年寄と、寺社奉行・勘定奉行・町奉行の三奉行があり、中央の政務は譜代大名、旗本が就任したこれらの老中、若年寄、三奉行の合議制によって決定された。
大老は本来常設機関ではなく、重大時局の時のみ臨時に設置され、老中より上席であった。
監察機関としては、大名を監察する大目付、
旗本・御家人を監察する目付などが設置されていた。

幕府はあらゆる階層に対し、厳重かつ巧妙な統制策を用いた。

  • 大名に対して
    • 1615年、武家諸法度を発布して、法度違反には改易、減封、転封などの処罰が行われていた。
  • 朝廷に対して
  • 寺社に対して
  • 農民に対して
    • 貢租を負担する農民には一層苛酷な統制が課せられていた。幕府の農民統制は、村方三役(名主・組頭・百姓代)と五人組制度を通しておこなわれた。農民は、生活の細部に至るまで規制されたが、それらが集大成されたものが、1649年の慶安御触書(3代家光の治下に制定)である。
    • また、農耕についても細かい規制があり、1643年の田畑永代売買禁止令と田畑勝手作りの禁(3代家光の治下に制定)、1673年分地制限令(4代家綱の治下に制定)が出された。
    • 幕府の経済基盤の貢租は、村単位に課せられた。
    • 貢租には、田畑の正税である本途物成のほか、雑収益に課せられた小物成、村高にかかる付加税の高掛物、宿駅の大喝を補充する助郷役、国ごとの土木事業を割り当てる国役があり、農民にとって重い負担であった。





2007-03-10 (土) 21:48:54 (3668d)