民主党

「民主党」についてのメモ。民主党とは…
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民主党 †

1947年3月31日結成。その前身は,45年11月に発足した日本進歩党であるが,同党は戦争遂行に協力した翼賛政治会,大日本政治会の旧勢力を中心に結成され,大多数の構成メンバーが追放されたあとも,反動的政党というイメージが強かった。犬養健,北村徳太郎らの若手グループは,47年4月総選挙を前に,この古いイメージを一新し党の脱皮をはかろうとして新党工作を進め,日本自由党を脱党した芦田均,国民党の林平馬らもこれに呼応して,民主党結成に漕ぎつけた。新党はその綱領で,新憲法の精神の堅持,民主的政治体制の確立,革新政策の断行など,修正資本主義路線を指向した。しかし同党は,結成当初から新旧両勢力の対立に悩まされ,党首すら幣原喜重郎,斎藤隆夫,芦田の3者の鼎立で決定できないありさまであった。4月総選挙で,社会党143,自由党131に次ぐ第3党124議席となったあと,5月にようやく芦田総裁,幣原名誉総裁,斎藤最高顧問の妥協が成立し,6月芦田民主党は片山連立内閣に参加した。しかしこの連立政権下で民主党は,絶えず連立維持派と,野党の自由党と通じようとする保守連携派との内紛に苦しみ,47年11月には幣原らが同志クラブを結成して離党し,さらに49年3月には,吉田民主自由党(民自党)内閣との連立派と野党派に分裂した。連立派は50年3月民自党と合同して自由党を結成,野党派も同4月国民協同党と合体して国民民主党となり,民主党は消滅した。→19-810 吉田茂

アメリカ:民主党 †

共和党と相対峙する二大政党の一つ。党の前身はリパブリカンズから分離した民主共和派。1828年に民主党と改名。その後60年まで党はほとんど大統領選挙戦に勝ち続け,またこの全期間議会において多数を占めてきた。一貫してプランター(大農園主),農民,労働者らの支持のもとに保護関税,公債発行,奴隷問題への介入などに反対し続けてきた。また最高裁判所判事に民主党員を任命し,憲法解釈によって州権を守ろうとした。しかし60年に奴隷問題をめぐって南部民主党と北部民主党とに分裂し,党の黄金時代は終りを告げた。その後党はほとんど野党の地位に甘んじていたが,その間共和党は大実業の利益の代弁者になり,政治的腐敗が進行した。そのため政治粛正や現状打破を求める革新運動が生じ,この機運を背景に党は1912年W.ウィルソンを擁立して,政権の座に復帰,しかし第1次世界大戦後またもや共和党に敗れ,長い間政権の座から遠ざかった。32年大恐慌下の大統領選挙にF.ルーズベルトを立てて勝利を収め,その後「忘れられた人々」の側に立って,グラスルート・デモクラシーを展開し,やがて第2次世界大戦の勃発により,戦争遂行の任にあたることになった。戦後は,党内左右両派の脱党に伴って内政,外交の右傾,保守化が顕著となったが,60年「ニュー・フロンティア」を唱えたJ.ケネディを大統領に当選させ,内外に若々しさを期待させた。しかし63年にケネディが暗殺され,副大統領L.ジョンソンが昇格,64年の「偉大なる社会」のスローガンによる大勝利にもかかわらず,べトナム戦争への本格的介入と戦争の拡大とは,民主党内に著しい分裂をもたらし,68年に共和党のR.ニクソンによって政権を奪われた。さらに72年の大統領選にも大敗北を喫し,民主党の混迷は続いた。ウォーターゲート事件によってニクソンがアメリカ史上初めて大統領を辞任したあと行われた76年の大統領選挙では現職の共和党候補G.フォードにJ.カーターが勝ち,8年ぶりに民主党政権を生んだ。→1-396 アメリカ合衆国,1-433 アメリカ合衆国史






2007-03-10 (土) 21:48:59 (3702d)