明治維新

「明治維新」についてのメモ。明治維新とは…
HOME > 明治維新

明治維新 †

  • 19世紀後半、徳川幕藩体制崩壊から明治新政府による中央集権統一国家の建設と日本資本主義形成の起点となった政治的・社会的変革の過程。
  • 始期・終期には諸説ある。1866年の薩長連合に始まり、67年の大政奉還・王政復古宣言、68年の戊辰戦争を経て明治政府の成立に至る政権交代とそれに起因する諸政治改革まで…など。
  • ペリー来航による開国から大政奉還・王政復古の大号令、戊辰戦争、廃藩置県などを経て西南戦争まで。

明治維新 †

  • 五箇条の御誓文:明治政府の施政の基本方針。
    • 政府は、御誓文の趣旨を具体化する政体書を発表し、中央集権体制の確立が政府の方針であることを明らかにした。
  • 中央集権国家の支柱…官僚制と軍隊
    • 明治政府は権力を太政官に統一した官制改革を行い、版籍奉還廃藩置県で旧藩体制の廃絶と集権体制を固めるとともに、その補強として国民皆兵を目ざして士農工商を撤廃、徴兵制を敷いた。
      • 兵役免除規定が多く華族が特権身分として存在。
      • 徴兵告諭の中の文字を誤解した農民らは、血税一揆とよばれる徴兵反対の一揆を起こした
      • 職を失った武士は、秩禄処分もあって困窮。没落士族の不満が、西南戦争のような士族の反乱の背景となった。

明治政府 経済政策 †

  • 明治政府は、地租改正に・より土地制度を改革して財政を確立し、資本主義の保護育成によって近代的産業の育成をはかった。地租改正によって、土地売買の自由化は実現したが、地主・小作農関係は温存され、封建制は残った。
  • 農民から収奪した地租を投入して近代工業の育成をはかった。富岡製糸場などの官営模範工場を建設。
    産業育成の基礎となる国内市場の統一と資本の蓄積のために、新貨条例の発布、金本位制の採用、国立銀行条例の制定など貨幣・金融制度の改革。
    • 維新以来の政府の大量の紙幣発行と国立銀行の不換紙幣の乱発で西南戦争の後、インフレーションが進行し、輸出の減収もあいまって国家財政は苦しくなった。そこで大蔵卿松方正義は、財政整理に着手し、唯一の発券銀行としての日本銀行を設立して不換紙幣の回収をするとともに允換制を確立し、官営事業の民間払い下げを断行するなどデフレ政策(松方デフレ)を強行。
      • 民間企業の発達は促進されたものの、中小企業の圧迫や農民の没落によって、寄生地主制の成立と財閥の萌芽が促進され、資本主義経済の基盤が形成された。

近代化と教育制度 †

  • 明治政府は、1871年文部省を新設し、翌年フランスの学区制を模範とした学制を公布して、国民皆学を目標とする近代教育の建設を目指した。文部大臣森有礼の下で学校令(1886年)がしかれ、4年間の義務教育(1907年には6年間に延長)が認められ、国民教育は発達した。
  • 1890年の教育勅語の発布、1903年の教科書国定化にみられるように、しだいに国家主義重視の教育政策へと移行。昭和に入り太平洋戦争がおこると、小学校は皇国民の錬成を目指して一層国家統制色を強め、1941年には小学校を国民学校と改称。





2010-04-30 (金) 20:53:39 (2672d)