明治期

「明治期」についてのメモ。明治期とは…
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日本経済史:明治時代 †

殖産興業政策 †

 明治初期は政府が資本育成のために力を尽した時期でもある。1870(明治3)年工部省設置とともにはしまった殖産興業政策は,当初鉄道と鉱山とに重点が置かれた。前者は,1872(明治5)年に東京−横浜間,1874(明治7)年に大阪−神戸間か開通し,その発展の第一歩となった。鉱山の開発は,鉱山心得書(1872・明治5年),日本坑法(1873・明治6年)が出され,鉱物の国有化とその開発に力が注がれた。

この時期,岩倉使節団の一員として発達した欧米の姿を見聞した大久保利通は,帰国後内務省を設置した。工部省から内務省へこれらの政策の権限を移管し,手直しがなされ,その領域も農産物加工にまで及んだ。

 貨幣制度の設定もこの興業政策の一環であった。財源不足から各種の不換紙幣が発行されたが,1871(明治4)年の新貨条例,1872(明治5)年の国立銀行条例により兌換制度が確立された。 しかし士族に与えた金禄公債の銀行資本への転化方針から,明治5年に制定された国立銀行条例は1876(明治9)年8月に改正され,再び不換紙幣が乱発された。これは資本蓄積という点では大きな役割を果たしたが,インフレの原因ともなった。1878(明治11)年政府は貿易決済のみのため鋳造された貿易銀の通用力を認め,金銀複本位制をとることになったが,実質的には銀本位制に移行した(金本位制は明治30年代になってからである)。

資本主義の成立と発展 †

このような政府主導(産業資本の要請にもよっている)による資本の本源的蓄積と農民階層分解による労働力の増加はその後も進み,日清戦争日露戦争の両大戦間に日本の資本主義の確立に向けて結実した。政府は,日清戦争の賠償金を軍備の拡張と産業の振興とに振り分けた。また,この時期に,産業資本の供給を円滑に進めるため,日本勧業銀行(1897年),日本興業銀行(1902年),台湾銀行等の特殊銀行が設立された。
 日清戦争前後のこの期に紡績業を中心にマニュファクチュア経営が軌道に乗り,第一次産業革命が達成された。そして,三菱長崎造船所(造船奨励政策)や官営八幡製鉄所の設立は,重工業の確立を意味し,日露戦争を経て第二次産業革命が達成されたのである。






2007-03-10 (土) 21:49:07 (3666d)