靖国神社

「靖国神社」についてのメモ。靖国神社とは…
HOME > 靖国神社

靖国神社 †

 明治維新直後の1869年に東京招魂社として設立。1879年に靖国神社と改称され、天皇に忠誠を尽くした戦没者を「英霊」として祭り、軍直轄の神社として戦前の国家神道、軍国主義の精神的支柱に。現在は太平洋戦争までの約247万人を合祀。戦後は政教分離により宗教法人となったが、1969年以降、国営化を求める法案が国会に提出されるなど、国家護持に向け活発化した時期もあった。

  • 小泉首相は2001年の自民党総裁選で参拝を公約。年1回参拝してきたが、中国など内外から強い反発がある。

明治維新直後の1869年に設立された東京招魂社が前身。天皇のために戦った死者を「英霊」として祭る軍直轄の神社として国家神道の精神的支柱となったが、戦後の政教分離で宗教法人となった。85年、当時の中曽根康弘首相が現職として初めて公式参拝し、中国など近隣諸国の猛反発を浴びた。その際示された「神道儀礼によらなければ公式参拝でも合憲」との政府見解は、その後も踏襲されている。

A級戦犯と合祀 †

  • 極東国際軍事裁判(東京裁判)で、侵略戦争を計画・遂行したなどとして起訴された政府と陸海軍の指導者28人が「A級戦犯」。1948年の判決では、病死や免訴の3人を除く25人全員が有罪で、東条英機元首相ら7人が絞首刑に。
  • 1978年10月、靖国神社はこの7人と、受刑中や公判中に死亡した7人の計14人を合祀。
  • 1985年8月、当時の中曽根康弘首相が初の公式参拝に踏み切って以降、中国などがA級戦犯合祀を問題視し「侵略戦争を正当化する」として反発を強めた。

A級戦犯分祀問題 †

  • 靖国神社はA級戦犯28人のうち、絞首刑に処せられた東条英機元首相ら7人、裁判中に病死した松岡洋右元外相ら2人、受刑中に死亡した白鳥敏夫元駐イタリア大使ら5人の計14人を1978年に合祀。
  • 1985年、当時の中曽根康弘首相が靖国神社に公式参拝すると、中国、韓国、英国などからA級戦犯合祀を理由に反発が噴出した。
  • 自民党は、A級戦犯の遺族に合祀取り下げを働き掛けたが、一部の遺族が取り下げを拒否。神社側も応じなかった。
  • 1999年、小渕内閣で野中広務官房長官がA級戦犯分祀を提唱したが、神社側の拒否姿勢などから実現しなかった。合祀されている朝鮮半島出身者の遺族らからの分祀要求も神社は拒否している。

解決策の一つとして14人を分祀する考え方がある。靖国神社は「神霊を分けても元の神霊は存在しており、分祀はあり得ない」としている。






2008-08-10 (日) 02:18:44 (3392d)