洋学

「洋学」についてのメモ。洋学とは…
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洋学 †

西洋の学問。江戸末期以降、蘭学を含めた西洋の学問全般をさしていった。

蘭学と洋学 †

  • 鎖国時代にあった江戸時代は,欧米との直接的接触はなかったが,享保の改革によって漢訳洋書の輸入奨励によって蘭学がさかんとなった。
  • 蘭学は幕末には英・仏・米の学問をも含んだ洋学へ展開し,高野長英や渡辺華山のように幕政批判をおこなう者もあらわれた。
  1. 新井白石(1757年−1725年)
    • 江戸時代初期を代表する政治家・学者で,正徳の治とよばれる幕政改革を主導した。漂着したイタリア人宣教師シドッチへの尋問を素材に執筆された『西洋紀聞』では儒学者でありながら,西洋文明に対する深い理解が示されている。東洋の精神文化と西洋の技術水準を別に評価する「東洋の道徳,西洋の芸術(=技術)」(佐久間象山)思想の先駆けとなった。
  2. 青木昆陽(1698年〜1769年)
    • 古義学を学んだのち,享保の飢饉のとき甘藷栽培を推奨し,徳川吉宗に見いだされた。蘭学の基礎を築く。
  3. 『解体新書』(1774年)
    • 前野良沢(1723年〜1803年)と杉田玄白(1733年〜1817年)による蘭語『ターヘル・アナトミア』の邦訳。その過程が杉田玄白の『蘭学事始』(1815年)に記されている。また杉田は日本ではじめて解剖に立ち会った人物としても有名である。
  4. 蛮社の獄
    • 高野長英(1805年−50年)と渡辺華山(1793年〜1841年)は鎖国政策を厳しく批判したが,幕府によって弾圧された。蛮社とは,高野と渡辺が設立した洋学研究集団・尚歯会のことである。
  5. 和魂洋才
    • 日本の伝統的な精神文化を基礎としつつ,西洋の科学技術を利用する態度。新井白石にすでにその萌芽がみられ,佐久間象山(1811年〜64年)の「東洋道徳,西洋芸術」という表現に端的に現れている。ここでいう芸術とは技術のことをさす。





2007-03-10 (土) 21:49:23 (3847d)