立憲民政党

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民政党

立憲民政党 †

政友会に対抗し、昭和初期の議会を二分した政党。1927年(昭和2)6月、憲政会と政友本党が合同して成立。29年、総裁浜口雄幸が首相となり、外交・軍事両面にわたり穏健政策を進めたが反対党・軍部・右翼の批判・攻撃をうけ、ついにその指導力を貫徹させるには至らなかった。40年解党。

昭和二年(一九二七)憲政会と政友本党とが合同し、浜口雄幸を総裁に結成された政党。立憲政友会とともに政党内閣期を担った。同一五年、新体制運動に吸収され解党。

立憲民政党と立憲政友会の政策 †

  • 政策において正反対で、前者が協調外交、緊縮財政であったのに対して、後者は積極(強硬)外交、積極財政であった。金融恐慌の時に枢密院が若槻内閣を倒した真の原因は、幣原の協調外交への不満にあった。従って、政友会の田中内閣が、前内閣の幣原の協調外交で北伐不干渉であったものを、積極外交に転換して山東出兵を行った。





2007-03-10 (土) 21:49:37 (5593d)