労働者の疎外

「労働者の疎外」についてのメモ。労働者の疎外とは…
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alienated labor

労働者の疎外 / 疎外された労働 †

  • 資本主義社会では労働者の作った商品が自立して,資本として自分に対立するが,それは自分の労働が他人の労働,強制された労働,自分を苦しめる労働になることを意味する。このことが疎外された労働である。この労働の根源をマルクス(K. H. Marx)は,資本主義的私的所有,特に生産手段と生産者である賃労働者の分離に求めた

 ヘーゲルを批判したフォイエルバッハは、宗教や哲学の場面に見られる人間の疎外を問題にした。ジャーナリストとしてドイツのライン地方における労働者の悲鯵な状況をつぶさに観察したマルクスは、フォイエルバッハの考えをも観念的なものとして批判する。彼によれば政治や経済、産業の場面における労働者の疎外こそがより深刻なのである。

 19世紀、特にイギリスでは選挙法の改革によって、財産の有無に関わらず投票権が普及した。けれども、そのため財産の不平等は政治闘争の主題から外れてしまい、かえって財産の不平等は野放しとなり、利己的活動の横行する弱肉強食の世界となってしまった。こうした社会において疎外されるのは労働者である。

労働者が生み出した商品が労働者を苦しめる状況 †

 生産手段も生活手段も持たない労働者は労働力を、生産手段の所有者である資本家に売らざるをえない。本来労働者が生み出した商品は、彼にとっての外部である資本家のものとなり、労働者は疎外される。
 また、労働者が能率良く多くの商品を生産すればするほど、自分の労働力を生み出すのに必要な範囲、すなわち自分の暮らしを支えるのに必要な範囲を超えてしまう。

 その結果、剰余価値が生まれ、資本家に利潤をもたらす。一方、労働の価値は相対的に減ってゆき、労働者の生活は悲惨なものとなる。こうして、労働者によって生産された商品は、生産されればされるほど労働者を苦しめる。商品は労働者を二重三重に疎外するのである。
 本来、人類の結合を確保するものであった労働が、かえって人間の人間からの疎外という状況を生み出すのである。

疎外 †

  • ヘーゲルはこの用語を『精神現象学』で基軸概念として使っていたが、フォイエルバッハがそれを人間の類的本質のキリスト教の神への外化の意味で用いてから、青年ヘーゲル派にとって「疎外」は時代を読み解くキーワードとなった。
  • マルクスは『経済学・哲学草稿』のなかで、この概念を適用して経済学批判を試みた。フォイエルバッハの疎外規定は、そこでは労働疎外として再解釈されていく。マルクスが疎外に込めた内容は多義的であるが、『資本論』の論理につながるものとして、三つの規定が見出せる。
  1. 貨幣の本質は、共同存在としてある人間の類としての本性が失われ、偽りの共同性として貨幣のかたちでしか現われえないところにある。
  2. 労働の生産物が労働者の手を離れ、独立した力として逆に労働者を支配する。
  3. 労働それ自体が労働者にとって疎遠な、非自発的・強制的労働となる。
     貨幣論、蓄積論、労働力商品論の視点がそこにうかがえる。





2008-06-28 (土) 12:01:25 (3225d)